《 海外レポート 》世界で進む建物のスマート化とその戦略性

 2023年12月26日

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昨今はSDGsに注目が集まると同時に、世界中のいたるところでエネルギー消費の最適化や、環境配慮型のビジネスが求められています。今回は、そういった時代の変化の中で世界的に需要が高まりつつあるビルや街のIoT化に注目しました。スマートビルやスマートシティは、利用者の生活にどのような変化をもたらすのでしょうか。その可能性について探ってみましょう。

1. スマートビルとは?スマートシティとは?

「スマートビルディング」(以下、スマートビル)とは一般に、IoT技術を積極的に導入した建物を意味します。IoTとは “ Internet of Things ”を指し、さまざまな「モノ」にインターネットへの接続機能を搭載することで、多様なサービス提供を可能にする技術です。建物の保守管理の効率化や利用者の利便性の向上を実現することが、スマートビルの目的であり、日本では、民間での取り組みに加え、総務省や経済産業省が研究を進めています。

スマートビルでは、電力・空調設備を効率的に稼働させたり、会議室などの利用状況を事前に確認できたりするなど、ビル内にある設備をシステム上でまとめて確認、連携、一元管理をすることが可能です。このようなスマートビルの前身には、「ビルディングオートメーションシステム(BAS)」が挙げられます。BASとは、空調・照明・セキュリティ設備など、あらゆる機器を1つのシステムに統合し、ビル内で一元管理および自動運用するシステムです。たとえば、部屋内に人感センサーを設置し、人が入室したときのみ、照明や換気扇を稼働させる仕組みなどもBASと言えます。BASとスマートビル、両者とも、建築設備の操作や管理をデジタル化することで効率的な運用を目指すことは共通していますが、BASは基本的にビル内にシステム管理室を置き運用することを想定しているのに対し、スマートビルはIoT技術を駆使することで、遠隔管理・遠隔操作、さらにはAIとの連携も可能となる点に大きな違いがあります。スマートビルはBASのさらなる進化形と捉えることもできるでしょう。

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またさらに、スマートビルのIoT技術の延長線上には、さらにその範囲を広げたスマートシティも存在します。スマートシティは、前述したようなスマートビルと比べると、より多様な方向性を持ちます。内閣府による「第5期科学技術基本計画」で示された社会像「Society5.0」によれば、今後はスマートなモビリティ、エネルギー効率の改善、セキュリティ、公的サービスと結びついた街づくりなど、都市や地域の抱える諸課題の解決を行い、また新たな価値を創出し続ける、持続可能な都市が重要になるとされています。街やビルのスマート化は、今後都市計画においても今まで以上に大きな部分を担うことが予想されます。

2.スマートビルが日本で普及しにくい背景

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スマートビルは、前述のように、ビルの運営や環境面に多くのメリットを与えます。しかし一方で、日本では普及しにくい現状があるのも事実です。その理由としては、3つの問題があると考えています。

技術的な問題

ビルのスマート化は比較的新しい技術であり、まだ画一的なプロジェクトの進め方が浸透してきていないことや、導入後のメリットを数値化するのが難しいことが挙げられます。

設備面の問題

各設備のオープン化も進んでいないため、設備データを集めてくるプラットフォームとなるようなシステムの選定の自由度が低かったり、加えて、オープン化されていない設備をオープン化されたシステムに接続するために、ゲートウェイサーバなどの追加投資が必要となったりする点も導入の障害になっています。

※メーカー独自の仕様など、一般に仕様が広く公開されていないシステムを用いるのではなく、 技術的な仕様が公開されているOSやハードウェアを組み合わせて構築されたシステムにすること

国民性の問題

さらには、同様の前例がないと導入が難しいといった日本固有の事情も含まれるでしょう。新規技術にも関わらず、会社の枠を超えた技術者同士のコミュニティが少ない点がさらなる技術発展を阻害している点も難しい問題です。

しかし、これらのいくつかの問題点に関しては、国外の事例に目を向けてみると参考になるかもしれません。その最たる例がKNXです。

KNXとは、国際規格で標準化されたオープンなホーム・ビルオートメーションのプロトコルです。KNXの設定やコミッショニングで使用されるツールは、メーカーを問わずETS(Engineering Tool Software)に統一されていることで、ETSの使い方さえマスターすれば、どのようなKNXの物件でも設定が可能になります。KNXの規格に対応した機器は幅広く、空調や照明を始めとし、ブラインド・カーテン、セキュリティロックや発電装置、個人住宅向けのサウナにいたるまで多岐にわたります。また、KNXは技術者同士の情報共有プラットフォームが充実していることも特徴で、国により事情は異なるものの、各種専用の掲示板からFacebookグループにいたるまで、公私を跨ぐ様々なグループが存在します。ドイツや北欧をはじめとするヨーロッパでは、日本より手軽に、住宅規模の建物からスマート化することも可能なのです。

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また同時に、今までスマートビルには、IoT技術特有のセキュリティに関する懸念もありました。スマートビルの導入により、効率的な建物管理や、エネルギー効率・利用者の利便性を向上させることが可能になる一方で、ネットワークは規模が大きくなります。そのため、同時にサイバー攻撃へのリスクも増してしまうのです。従来の技術であるBASにおけるセキュリティ対策は、主に外部からの脅威に対するファイヤーウォールでの防御が中心となっていましたが、不正な通信アクセスやウイルス感染など事後の対策が必要となる脅威に関しては、必ずしも十分ではないといった実態がありました。しかし、昨今は技術者同士の会議や新規システムの開発が行われたり、あるいはプロトコルで共通のセキュリティ対策がなされたりなど、今後に向けて様々な対策が行われています。将来的に、スマートビルは従来以上に強固なサイバーセキュリティ対策を実現できると言えるのではないでしょうか。

《 参考 》“Society 5.0”時代のスマートビル―ビルシステムにおけるサイバーセキュリティの現在地
https://built.itmedia.co.jp/bt/subtop/features/smartbuilding/index.html

3.日本や世界で進むスマートシティ計画とその戦略性

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スマートビルやスマートシティは、上述したような一部導入の難しい部分や脆弱性を孕んではいるものの、IoT化の波と同時に、研究・検証が全世界的に進む分野でもあります。日本にもいくつか、スマートシティ計画を標榜する地域が存在します。

トヨタ ウーブン・シティ(静岡県裾野市)

例えば、静岡県裾野市「トヨタ ウーブン・シティ」では、トヨタを中心に、新しい技術を導入・検証できる実証都市を、「人々が生活を送るリアルな環境のもとで作る」をテーマにしています。自動運転、MaaS※(モビリティ・アズ・ア・サービス)、ロボット、スマートホーム技術、人工知能技術など、対象技術は多岐にわたり、 今後、技術とサービス開発・実証を迅速に行うことで、新たな価値やビジネスモデルを生み出すことを狙いとしています。

※モビリティを単なる交通手段ではなく、自動運転やAIなどのさまざまなテクノロジーを掛け合わせた次世代の交通サービス

ソフトバンクによるスマートシティ実証実験(東京都港区)

東京都港区で行われている「ソフトバンクによるスマートシティ実証実験」では、港区竹芝エリアにて、ソフトバンクと東急不動産が協同して、都市型スマートシティのモデルケースの構築に取り組んでいます。プロジェクトが目指すのは、5Gをはじめとした最先端のテクノロジーを街全体で活用するスマートシティの実現で、両社の他にも様々な事業者による最先端テクノロジーの検証が予定されています。

仙台市 × 東北大学 スーパーシティ構想(宮城県仙台市)

また、企業活動を中心としたもの以外では、東北大学と仙台市のコラボレーションによる「仙台市×東北大学 スーパーシティ構想」も挙げられます。東京ドーム約71個分に相当する約330万平米の東北大学のキャンパスを未来都市、東北大学の学生を仮想市民と仮定し、仮想市民と大学、民間事業者、行政などが協働することで、「人と社会のつながり」「パーソナルヘルスケア」「ロボットとの共生」「エネルギー自立分散」「マイクロモビリティ」といった5つの領域において、未来志向の先端サービスの展開を目指す予定です。

スマートローカル(長野県伊那市)

さらに、地域の課題に根差したスマートシティ計画として、長野県伊那市では、「スマートローカル」が標榜されています。アルプスの山々に囲まれた地形と、地域で進む高齢化により、市民の生活インフラの確保が難しい伊那市では、ケーブルテレビのリモコン操作で食料品や日用品を購入でき、ドローンによる配送サービスを取り入れました。

この他にも、日本国内のさまざまな都市でスマートシティ計画は進められています。

こういったスマートシティ計画は日本だけの傾向には留まりません。さらなる発展形として、パキスタンやスリランカなどの西アジア地域を中心に、首都を除く都市でスマートシティを戦略的に導入することで、街の利用者の利便性を高めるだけでなく、金融ハブやビジネスの中心地に変えていこうという動きまで出てきました。

環境が整い、監視カメラの整備などで街全体の治安が改善することで、今後これらの地域で多くの雇用が生まれるでしょう。従来は産業の中心地になりえなかったような地域でも、スマート化が経済発展を後押しする可能性があるのです。また、こういった事例が今後スタンダード化していけば、今後の産業中心地に求められるのは、ソフト面とハード面の両者が揃った万全なセキュリティ、ということになるのかもしれません。

4. 各国のスマートシティ計画は、スマート化による治安向上も大きな目標に

スマート化のメリットは、建物管理の効率の向上や利用者の利便性の向上に留まらないのかもしれません。前述したような、セキュリティの観点にも注目すべきです。

スウェーデンのシリコンバレーとも呼ばれ、多くの大手IT企業やスタートアップがひしめきあうスウェーデンの首都ストックホルムのシースタ(Kista)地区は、私達に興味深いことを教えてくれます。シースタは1970年代から、労働者のための職住接近地区として開発が進んだ地域です。80年代以降は、シースタはスウェーデン最大のIT企業密集地区として知られ、ここにはEricssonの本社のほか、IBM、Samsung、Nokiaなどのスウェーデンオフィスが存在し、国内有数の規模を誇るスマートシティです。しかし、シースタはハイテクなスマートシティであると同時に、住民の実に70%以上がスウェーデン国外にルーツを持つ “移民街” であることを大きな特徴とする地区でもあります。この数値は、スウェーデン全体の移民比率(約20%) と比べても有意に高く、その理由は、かつてこの地区の労働者用に建てられた住宅の多くが現在は移民・難民用の住居となっている点にあります。

スウェーデンの移民比率の推移
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年 2020年
9.21% 10.59% 11.30% 12.46% 14.24% 16.41% 19.84%

出典:https://www.un.org/development/desa/pd/

スウェーデン ストックホルム シースタ地区

スウェーデン ストックホルム シースタ地区

スウェーデンはここ十数年、積極的な移民・難民の受け入れをしてきた国の一つですが、一般的に移民による人口の増加は、国内の労働力を増加させ経済発展に寄与する一方で、社会保障の負担増や、雇用のない移民・難民の犯罪による治安の悪化も同時に懸念すべき点となります。そのため、シースタ地区では、産学連携による街全体でのエネルギー消費の効率化や、ドローンの活用検証など、馴染みのスマートシティとしての機能だけではなく、治安の維持や安全性の確保もとても重要なものとして捉えられているのです。

最近の例を挙げると、シースタ地区の公園や道沿いにある 155 個のゴミ箱には、満杯となった際に自動的に信号を送信するセンサーが取り付けられています。従来は、事前にスケジュールされた日にごみの回収が行われることが一般的でしたが、ゴミが溢れ散乱していたり、不適切な場所にゴミが放置されたりすると、周囲の安全性にも影響を及ぼします。街の景観を保つことで、不審物の投棄をいち早く発見できたり、たむろや、違法薬物等の売買の現場になることを防いだりすることができると言われています。また、こういった取り組みは、プライバシー保護庁 (IMY)、ストックホルム市などと協力して行われており、カメラ監視に代表されるような、安全性と引き換えにプライバシーが侵害される技術について、住民の快適さを損なうことなく公共空間でデータを収集し、治安の維持に役立てるという文脈でも重要な取り組みと言えるでしょう。

このように、街のスマート化を進めることで、同時にその地域が抱える安全上の問題も解決していけるという点は、今後実際にスマートシティ計画を進める多くの地域にとって重要な争点となるのではないでしょうか。

シースタサイエンスシティHP 
https://kista.com/

5. まとめ

いかがでしたか?
スマートビルは、従来のBASからさらなる進化を遂げ、さまざまなモノとインターネットを介してつながることができるのが大きな特徴です。現時点では、導入に際しハードルが高い部分はあるものの、エネルギーの消費効率を高める観点から、今後はSDGsとの兼ね合いも含め、都市計画も巻き込みながらさらなる発展が予想される技術領域です。また世界規模でみると、それぞれの土地の課題に合わせ、戦略的にスマートシティ計画を進める地域も少なくありません。今後は、スマートビルがオフィスビルや住宅のスタンダードになる時代もそう遠くはないのではないでしょうか。

Sanko IBではKNXの他、DALIやBACnetなど他のスマートビル技術に関しても知見があります。当社の取り組みについてご興味のある方はぜひお気軽にお問合せください。

 

《 筆者紹介 》海外特派員Y.M

照明士の資格を持つヨーロッパ圏在住の海外特派員。
現地語にあたふたしながらもヨーロッパのイベント情報や市場調査に勤しんでいる。

 

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