《 海外レポート 》個性を伸ばす!北欧のリカレント教育事情~民衆大学フォルケホイスコーレとは?~

 2024年2月20日

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近年、日本では終身雇用からジョブ型雇用に傾向が移りつつあり、それに伴ってリスキリングやリカレント教育に注目が集まっています。

しかし新卒一括採用や終身雇用制の影響が色濃く残る日本では、リスキリングやリカレント教育といった成人教育はそれほど盛んではありません。それとは逆に成人教育自体が盛んなのが北ヨーロッパです。彼らの教育の目的は、必ずしもキャリアアップだけを目指すものとは限らず、むしろ個々人が持つ個性を活かしながら仕事をしていくための教育も多く行われています。
そこで今回は、北ヨーロッパを中心に広く普及し、多種多様なカリキュラムを内包する民衆大学『フォルケホイスコーレ』に焦点をあて、実体験も込みで調査してきました。個性を生かす教育の実態とは、一体どのようなものなのでしょうか?

1. リカレント教育とは?リスキリングとの違い

リカレント教育とは主に個人主体で、教育機関などに通いながらの学び直しを表しています。一方、リスキリングは、主に企業主導であり、仕事において価値を出し続けるためのスキルや知識の習得、そのための学び直しを指します。

リカレント教育 リスキリング
個人 主体 企業
個性を活かしたスキルアップ 目的 キャリアアップのためのスキルや知識の習得
広範囲 学習範囲 デジタル・ビジネス分野

リカレント教育という言葉は、1969年にフランスで開かれたヨーロッパ文部大臣会議で、当時スウェーデンの文部大臣であったパルメ氏のスピーチに初めて使われ、その後1973年にOECD(経済協力開発機構)が「リカレント教育一生涯学習のための戦略」という報告書をまとめたことにより、リカレント教育の概念は確立しました。

ジョブ型雇用とリスキリングの現状
海外人事に聞く北欧のジョブ型雇用とリスキリングの現状
(前編)
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2. 日本と北欧で比較する教育の現状

福祉国家としても知られる北欧諸国に、教育先進国のイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか。教育無償化を早くから実現し、生徒の個性を重視した少人数制授業や、生徒の自主性を重んじた教育方針は、日本の「ゆとり教育」の実施にも大きな影響を与えました。例えば、2003年のPISA(OECD生徒の学習到達度調査)では、フィンランドが数学的リテラシーで2位、読解力で1位、科学的リテラシーで1位、問題解決力で2位(香港と同率)を獲得し、世界1位となったことでも話題になりました。

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しかし、現状もそうとは限りません。2018年の調査で、フィンランドは数学的リテラシーで11位、読解力で3位、科学的リテラシーで3位と順位を落としており、スウェーデンやオランダといった北ヨーロッパ諸国のここ15年全体を見ても、学力はゆるやかな下降傾向にあるのが現状です。かつては理想的とされていた教育カリキュラムが、必ずしも学力の向上にはつながらないといった事実は、当事者である北欧の人々にも衝撃的なものとして受け止められました。しかし、北欧式の教育の強みは、必ずしもこういった数値に現れる学力に留まらないかもしれません。その一つが、リカレント教育の分野です。

変化の多い昨今の環境下において、学び直しの盛んさと労働生産性の高さには相関関係があると言われています。日本は、世界でも有数な四年制大学への進学率を誇り、最新のデータによれば、2021(令和3)年に高等学校等を卒業 した人のうち、男子では54.3%、女子では51.6%と過半数が四年制大学に進学しています。しかし、一方で25歳を超えての学士課程進学者はOECD平均16%に対し2.5%・30歳を超えての修士課程進学者はOECD平均26%に対し13.2%と有意に低く、また、時間・距離の制約や遠隔教育の整備が遅れているなどの理由から、日本のリカレント教育は他のOECD諸国と比較すると柔軟性が低く、労働市場の需要の変化に充分に適応しきれていない傾向にあると言われています。

《 参考 》
「学び直し」世界が競う、出遅れる日本 所得格差が壁 | 日本経済新聞

https://career.nikkei.com/nikkei-pickup/001520/

とはいえ、いくら学び直しの必要性があると思っていても、コストをかけて大学や専門学校に通い直したり、働きながら入学試験のための準備を行ったりするのも多くの人にはハードルが高いもの。しかし、リカレント教育の盛んな北ヨーロッパ諸国には専門学校でも大学でもなく、単位取得を目的としない「フォルケホイスコーレ」という種類の学校が存在し、様々な立場の人に向けて学習の機会が開かれているのです。

《 参考 》
OECD生徒の学習到達度調査

https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html#PISA2018

OECD「Education at a Glance」(2020)
https://www.oecd.org/education/education-at-a-glance/

3.民衆大学「フォルケホイスコーレ」とは?

フォルケホイスコーレとは、デンマークを中心とした北欧諸国やドイツ、スイスなど主に北ヨーロッパを中心に存在する成人のための教育の場です。
民衆の民衆による民衆のための成人教育機関として位置づけられ、多くは農村地帯に位置し、寄宿制の学校であることも大きな特徴です。日本語では「民衆大学」「市民大学」「国民大学」「国民高等学校」「成人大学」などと訳され、デンマークのニコライ・フレデリク・セヴェリン・グルントヴィが理念を提唱し、19世紀にデンマークの農村を中心に発達しました。当時は地元で農業に従事する青年を主な対象とした社会教育施設であり、デンマークの民主主義普及に大きく貢献した功績があります。日本にも大正初期に伝えられ、一部農村で普及しました。現在は北欧に多く普及し、デンマーク国内に約70校、ノルウェー国内に約80校、スウェーデン国内に156校、フィンランド国内に約180校のフォルケホイスコーレが存在します。

デンマークの教育システムの例
年齢別教育システム

※エフタスコーレは、フォルケホイスコーレと似た方向性を持つが、14歳から18歳が対象の全寮制教育機関

フォルケホイスコーレは、デンマークを中心とした北欧の教育システムの中において大学に近い位置づけとなる学校ではありますが、単位や学位の取得を目的としていない点が大学や専門学校などの教育機関とは異なります。その分自由度が高く、音楽や工芸などの芸術系科目や、映画編集や自然ガイドなど特定の職業に特化したプログラム、食、IT、スポーツ、ジャーナリズム、珍しいものだとK-POPダンスや、スマホアプリゲームのレベルデザインにいたるまで、多種多様で個性的なカリキュラムが数多く存在するのが特徴です。入学に条件があることは稀で、授業料は無料のものも多く、入学の年齢も自由ですが、主に18~30歳の学生が多く通い、高校卒業後・大学入学前のギャップ・イヤー※を利用し、フォルケホイスコーレ※に通う学生も多くいます。

※学生が大学への入学前、在学中、卒業後に就職するまでなどの時期に、留学やインターンシップ、ボランティアなどの社会体験活動や、能力開発などを行う時期

4.あのゲームも?フォルケホイスコーレ発のサブカルチャー

「職業訓練ではない趣味のような勉強をして社会に貢献できるようになるのか?」「日本で言うカルチャーセンターのようなものでは?」と疑問に思う方もいるかもしれませんが、そうとも限りません。近年の北欧では、実際にゲーム開発や音楽産業の発展が目覚ましく、スウェーデンではKing Digital EntertainmentのキャンディークラッシュやMojang Studiosのマインクラフト、フィンランドではSupercellによるクラッシュ・オブ・クラン、Rovio Entertainmentのアングリーバードなど世界的に有名になったゲームがここ10年ほどの間にハイペースで生まれています。また、ゲームエンジンとしても知られるUnityは、デンマーク発祥です。500~1000万人ほどの北欧各国の人口を考えると驚くべきスピードではないでしょうか?

フォルケホイスコーレから生まれた主なゲーム

  • キャンディークラッシュ | King Digital Entertainment(スウェーデン)
  • Minecraft(マインクラフト) | Mojang Studios(スウェーデン)
  • クラッシュ・オブ・クラン | Supercell(フィンランド)
  • アングリーバード | Rovio Entertainment(フィンランド)

また、音楽産業についても触れないわけにはいきません。特にスウェーデンは音楽輸出で世界3位の作曲家大国であり、音楽配信サービスSpotifyもスウェーデン発祥です。ビヨンセ、マドンナ、ブリトニー・スピアーズといった世界的なアーティストの音楽プロデューサーや、DJも北欧諸国は数多く輩出しています。J-POP業界、さらには、近年影響力を強めるK-POP業界でも、クレジットをよく見ると北欧出身の作曲・編曲家やサウンドエンジニアが数多く名を連ねていることがわかるでしょう。
また、近年日本でも人気の高まる北欧の家具や食器デザインなども、工芸の授業を行うフォルケホイスコーレ出身者達によってその多くが支えられていると言わざるを得ません。学力を高める教育と個性を尊重する教育、どちらを優先するかで一長一短はあると思いますが、それぞれの個性を尊重する教育が、ビジネスの世界にも新たなシナジーを生み出しているのではないでしょうか。

5.フォルケホイスコーレを実際に経験してみて

フォルケホイスコーレのリカレント教育の側面に触れてきましたが、フォルケホイスコーレには生涯学習をテーマにした短期間の夏季クラスも存在します。

校舎

自然に囲まれた中にたたずむ、懐かしさも漂う校舎

筆者も、個人的に伝統的な文化の残るスウェーデン・ダーラナ地方の学校で3日間の伝統刺繍クラスを受けてきたのですが、自然豊かな環境で黙々と作品制作に取り組むことができました。

印象的だったこととしては、授業の期間中には敢えて作品を完成させず、コース終了後に「持ち帰って自分なりのペースで進めてください」と講師の方から言われたことです。学ぶ側の自主性を重んじる北欧式教育を垣間見ました。

教室

北欧らしいインテリアでしつらえられた伝統刺繍クラスの教室

筆者が授業を受けた学校では、月額6~10万円程度からデザイン、絵画、陶芸、銀細工などの芸術科目のほか、製本やeスポーツ※の授業まで展開されており、コースの期間も3日程度の観光コースから年単位のコースまで様々でした。また、校舎にはユースホステルが併設されており、観光客として滞在することも可能です。併設された学生食堂兼レストランでは、食事だけでなくフィーカ(スウェーデン語でティータイム)も楽しむことができます。

※コンピュータゲームもしくはビデオゲームをスポーツ競技として捉える際の名称
学校近くの庭園

学校の近くにある庭園Hildasholmにて

学校のあるレクサンド市は、スウェーデンヒルズでも知られる北海道の当別町と姉妹都市提携を結んでおり、日本との交流も多い都市です。一部では英語のコースや日本語通訳付きのコースも開催されていますので、興味のある方はぜひホームページ(https://leksand.fhsk.se)をチェックしてみてくださいね。

Leksands folkhögskola - レクサンズ民衆大学
https://leksand.fhsk.se/

6. まとめ

いかがでしたか?
実際にフォルケホイスコーレを体験してみて、北欧諸国には日本より手軽にリカレント教育を受けられる環境があり、好きなことや個性を活かしたり、スキルアップをしながら働いたりするための仕組みが整っていることを改めて感じました。

Sanko IBでは、主に北欧圏在住ならではの視点でお届けする「海外レポート」を発信しております。Sanko IBお役立ち情報サイトでは、リカレント教育だけでなく、リスキリングについての記事もありますので、そちらもぜひ覗いてみてください。

 

《 筆者紹介 》海外特派員Y.M

照明士の資格を持つヨーロッパ圏在住の海外特派員。
現地語にあたふたしながらもヨーロッパのイベント情報や市場調査に勤しんでいる。

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