TSNとは?TSNが注目されている背景とIIoT(インダストリアルIoT)を阻む壁
2022年8月30日
テクノロジーの進化により、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)など、あらゆるものが最新技術によりインターネットにつながるようになりました。Sanko IBが注力している「スマートビルディング」や「スマートオフィス」の分野においてもIoT技術をフル活用することにより従来の「監視・制御」の域を超える方向で急速に進化しています。
工場も「スマートファクトリー」という言葉が示すようにIoT化が進んでいます。
この工場のIoT化を「IIoT(Industrial Internet of Things)」と言い、長年の経験を積んだ熟練工の引退や少子高齢化による労働人口の減少といった人手不足を解消する解決策の一つと言われています。そして、既に当たり前となったオフィスのIT(Information Technology)技術と工場のOT(Operational Technology)技術の統合を目指すことで、業務の完全自動化を実現することができるようになります。これによりプロセスの簡素化、業務の効率化、品質の自動管理など、生産性の向上に貢献できると期待が高まっています。
しかしながら日本においてのIIoT化にはいくつかの課題があり、なかなか進んでいないのが現状です。その原因の一つが伝送遅延に対して比較的寛容なエンタープライズアプリケーション(IT)とマイクロ秒(μs、100万分の1秒)レベルの高速同期を必須とするセンサーやアクチュエータといったフィールド機器を制御するネットワーク(OT)との有機的な統合が遅れていることです。これまで、産業用ネットワークは比較的低速での通信が許容される範囲でエンタープライズアプリケーションとの統合が進んでいましたが、最後の砦となる高速同期が必要な機器群との統合を進めるための産業用ネットワーク技術が不可欠です。この課題に対応するために、今まさに標準化が進められているのがTSN(Time-Sensitive Networking)という新しいネットワーク規格です。
本日は産業の現場で注目されているTSNとIIoTを阻む課題についてお話します。
1. IIoTが浸透しはじめた背景
まず、TSNについてお話する前にIIoTが浸透しはじめた背景についてお話します。
ドイツ政府が2011年から推し進める第4次産業革命「Industrie 4.0」が基になっており、簡単に言うと「製造業におけるデジタル化」です。
日本でも経済産業省が「コネクテッドインダストリーズ(Connected Industries)」という、データを介して、人・モノ・技術・組織などあらゆる要素を「つなぐ」ことで、新たな価値創出と日本の産業の課題解決を行うこととして打ち出しており、工場のシステムをネットワークにつなげる工場のIoT化、つまり「IIoT化」が進められているのです。
しかしながら、今日の日本においてIIoT化にはいくつかの課題があり、思うように進んでいないのが現状です。
2. IIoTを阻む3つの課題
費用面での課題
経済産業省が発行している「2020年版ものづくり白書」の調査によると、「デジタル技術を活用している」と回答した企業は49.3%、「未活用」と回答した企業も46.4%と、スマートファクトリー化を推進している企業は、それほど多くないということが分かります。企業の規模別で見ると、大企業のスマートファクトリー導入率は60.8%であるのに対して、中小企業では48.5%となっており、企業規模に伴う資金力に差が出ているように感じます。
出典:経済産業省 2020年版ものづくり白書(PDF版)「令和元年度 ものづくり基盤技術の振興施策」
セキュリティ面での課題
生産現場でよく見かけるのが、24時間365日稼働して機械を制御しているパソコン。OSのセキュリティサポートが終了してしまった、ウィルス対策ソフトに対応していないなどの理由でセキュリティ対策をしないまま使わざるを得ないケースです。
生産現場におけるサイバーセキュリティインシデントの多くは、設備のメンテンナンス時にPCを接続する時やUSBなどの二次的な侵入ポイントから発生し、何か問題が起こった場合、急速にネットワーク全体に広がってしまうという問題を抱えています。
元々、多くの生産現場では、ネットワークに接続する前提でシステム構築がされていないことが多く、セキュリティ対策が手薄である場合がほとんどです。
2021年4月にトレンドマイクロ社が発表した「スマートファクトリーにおけるセキュリティの実態調査」では、日本で6割以上の工場がサイバーセキュリティ上の事故を経験、うち約8割が生産停止になったとの調査結果があるように、スマートファクトリーとしてセキュリティ対策をしている工場でさえ、攻撃を受けてしまうということです。そしてサイバー攻撃もセキュリティ対策済みの機器やネットワークを掻い潜って襲ってくるわけですので、セキュリティ対策というのは生産現場での重要な課題と言えると思います。
出典:トレンドマイクロ株式会社「スマートファクトリーにおけるセキュリティの実態調査」
現在、制御システムにおけるセキュリティガイドラインとして発行されているのがIEC 62443という国際規格です。IEC 62443は、産業用オートメーション、産業現場の制御システム向けのセキュリティの指標となっており、これをベースとしたセキュリティ対策をさまざまな国や団体が進めています。ここでの説明は割愛しますが、産業現場のセキュリティ対策に取り組む方はご参考にしていただけたらと思います。
ITとOTとのネットワーク統合での課題
従来の工場ネットワークでは、主に3つのレイヤーに分かれています。
- 計画層(IT)
- 実行層(OT)
- 制御層(OT)
業務計画層は販売管理などを行う情報系のITネットワーク、制御層・実行層は工場内のメイン基幹である産業用のOTネットワーク。これらITとOTのネットワークは似ているようで、全く異なるネットワーク層です。
音声や動画のように遅延や揺らぎに敏感なアプリケーションもありますが、ITネットワークは「遅延が許容される情報系ネットワーク」で、メールやインターネットなど多少のロスタイムが発生してもそれほど大きな問題とならないものです。
OTネットワークのうち、特に制御層は「遅延が許容されない産業用ネットワーク」で、工場の生産ラインや緻密に計算された電車や飛行機などの運行システムといった、1秒単位の遅延であっても致命的な影響を及ぼすものをいいます。
従来は同じ工場内のネットワークであっても直接つながることを想定されておらず、日本国内においては現在でもITとOTネットワークが分断されているケースが多いです。
仮に相互接続しようとしても独自プロトコルによって機器同士の連携が難しく、連携作業を行うために工場全体の稼働をストップしなければならないなど、IoT化したくてもできないというのが大きな課題となっていました。
産業用ネットワークは、先にも述べたように遅延が許されないネットワークのため、単純にITネットワークを産業の現場で利用できるものではありません。工場の現場通信には次のような厳しい要件が求められます。
- 時刻同期によるリアルタイム性
- 信頼性
- リソース管理
- 従来の産業用通信との相互性
これらの要件を満たし、工場のスマート化に貢献できると期待されているのがTSN(Time-Sensitive Networking)です。
3. ITとOTを融合させる「TSN(Time-Sensitive Networking)」とは?
TSNは「Time-Sensitive Networking」の略称で、従来の標準Ethernet(IEEE 802.3)技術では不可能であったIEEE Ethernetベースのデータを時間で分割し、通信フレームの優先度に応じて通信帯域を制御する技術規格です。
例えば、生産工場のライン。秒単位で製品が作られている現場で、1つの工程に1秒の遅れが出ただけで、数珠つなぎにトラブルを誘発する恐れがあります。これにより生産個数への影響、通常の動きができなかったことで発生する部材のロス、ダウンタイムなど、企業活動に大きなダメージを与えてしまいます。
この寸分違わずに1マイクロ秒(μs)以下の精度で各工程の時刻を同期するのが「TSN(Time-Sensitive Networking)」というネットワーク規格です。
現在、IEEEおよびIECの国際標準規格化と並行して、各種ネットワーク団体においてTSNのオープンネットワークへの適用検討が進められています。
4. TSNでできること
通常、ITとOTのネットワークは、それぞれの使用用途が異なり、相互運用が難しい状況です。しかしTSNでは、異種ネットワークを同一配線で混在させることが可能となり、生産現場のFA(Factory Automation)システムの階層をシームレスに連携、製造業におけるさまざまなアプリケーションの活用拡大が可能となります。
例えば、生産ラインとAIを連携することで稼働率を調整することや、画像カメラと連携し、生産現場の様子を現場から離れた本社事務所で監視するといった事も可能になります。これにより生産性・品質性の向上などに役立てることができるようになります。
5. 各産業用ネットワークのTSN対応状況
TSNは、IIoTを加速させるための重要な規格として世界中で注目を集めており、今現在、規格策定の検討が進められています。このTSNの規格化に向けて各産業用ネットワークでTSNに対応する動きが高まっています。
日本では、CC-Link協会(CLPA)がいち早く標準Ethernet規格を拡張したTSN対応規格「CC-Link IE TSN」を世界に先駆けて策定しています。
ネットワーク名 | 団体名 | TSN対応状況 |
---|---|---|
CC-Link IE TSN | CC-Link協会 | 日本を拠点に、アジアをはじめとする世界の6地域でCC-Linkのさらなるオープン化を世界に先駆けて開発された標準Ethernet規格を拡張したオープンネットワーク。 TSNの技術を採用することで、FA(生産現場)とIT の融合と性能・機能をさらに強化したネットワーク。 |
Ethernet/IP | ODVA(Open DeviceNet Vendor Association, Inc.) ODVA TAG Japan |
米国の主要な産業用プロトコルの1つ。 LLDP(Link Layer Discovery Protocol)のサポートが追加され、TSN機能に対応予定。 |
Profinet | PROFIBUS & PROFINET International 日本プロフィバス協会 |
世界で最も普及している産業用イーサネット。 TSNに対応したPROFINET over TSNという規格をリリース。ハードウエアコンポーネントが整えば、導入が進むとされている。 |
EtherCAT | EtherCAT Technology Group(ETG) | イーサネット(Ethernet)と互換性のあるオープンなフィールドネットワーク。 EEE 802.11 AS、IEEE 802.11 Qbv、IEEE 802.11 Qbuは規格が通っているのでデバイスは作れるが、その間でのストリームをどのように定義して、ネットワーク全体に流すのかという規格がまだできていない。 |
OPC UA | OPC Foundation 日本OPC協議会 |
産業用アプリケーションの相互運用を実現するオープンなインタフェース仕様。 OPC UA over TSNでは、パブリッシュサブスクライブ(PubSub)拡張機能により、マルチキャスト通信が可能になった。 |
このようにさまざまな産業用ネットワークがTSN対応に向けて動き始めていることからも分かるようにTSNは今まさに注目されている規格であることがお分かりいただけたかと思います。
6. 代表的なTSN規格
TSNにはさまざまな規格があります。では具体的にどのような規格があるのでしょうか。
IEEE 802.1規格 | 機能 | 内容 |
---|---|---|
IEEE 802.1AS | 時刻同期 | 同期された時刻を伝送するプロトコルを定義する |
IEEE 802.1Qbv | 時分割スケジューリング | スケジューリングされたフレームを時刻どおりに送信する |
IEEE 802.1Qbu IEEE802.3br |
フレーム割込み 超優先転送 |
優先度の高いフレームの割込みを可能とする |
IEEE 802.1Qci | ストリーム毎のフィルタリングおよびポリシング | 妨害、異常または悪意のある攻撃から保護する |
IEEE 802.1CB | 信頼性のためのフレーム複製と排除 | 信頼性を高めるため冗長化する |
IEEE 802.1Qcc | 拡張とパフォーマンスの向上のストリーム予約 | ストリーム予約プロトコル |
このTSN技術の中でも産業用ネットワークとして使われるものは主に下記の3つです。
1. IEEE 802.1AS | ネットワークにつながる機器の時刻を同期させる |
2. IEEE 802.1Qbv | 通信フレームを分類し、優先させる通信帯域を確保する |
3. IEEE802.1Qbu IEEE802.3br |
優先度の低い通信が優先度の高い帯域に入りそうになった場合、通信フレームを分割し、優先度の高い通信を流す |
1. IEEE 802.1ASでは、1マイクロ秒(μs)以下の精度でネットワーク内の分散クロックを同期します。
2. IEEE802.1Qbvと3.IEEE802.1Qbuは協働しています。
制御系、情報系統合ネットワークにおいては優先制御を実施しますが、通常の802.1QベースのCOS制御の場合、比較的大きい情報系パケットが送出される間、高優先度のパケットであっても「待ち」が発生してしまいます。
802.1 TSNスケジューリングの場合、高優先度パケットを送出する時間を設けることで遅延値を制御することが可能となり、モーション制御やIoT化で必要となるリアルタイム性を向上させることができます。
このようにTSNという新しいネットワークにより、産業現場で求められるシビアなリアルタイム性、信頼性、リソース管理、産業用通信との相互性が実現することによりIIoT、つまり工場のスマート化が実現されるのです。
CC-Link IE TSN規格準拠製品:RSPE / BOBCAT / OCTOPUS(マネージド)
7. まとめ
TSNの規格は現在もIEEE(米国電気電子学会)内のIEEE 60802で規格策定が進められており、未だ正式に発行されていない状況です。
しかし、TSNにはさまざまな機能があり、今後も機能拡張や国際規格の統一など、スマート工場の基盤となるオープンな産業ネットワークとして注目を集めています。
ITとOT、異なるネットワークの相互運用によって実現するIIoTは、今後大きく進化することによって、これからの日本の産業を支えていく重要な役割を果たすと考えられていますので、今後の動向に注目いただけたらと思います。
TSNにご興味のある方は、TSN関連ブログ『《 TSN入門編 》オートメーションネットワークとTSN』もご参考にしてみてください。
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