《 海外レポート 》
海外人事に聞く北欧のジョブ型雇用とリスキリングの現状(後編)
2023年5月9日
昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX)への関心の高まりから、AI技術の導入が進む職種では労働力市場も大きな変革を迫られるのではないかと言われています。そのために私たちが認識すべきこととは何かをテーマに(前編)ではリスキリングとは何か、北欧企業の雇用についてをご紹介しました。
北欧のジョブ型雇用とリスキリングの現状
(前編)
「海外人事に聞く北欧のジョブ型雇用とリスキリングの現状(前編)」では、北欧ならではの採用市場の特徴と、リスキリングについて伺いました。インタビューは前回同様にスウェーデン、ノルウェーの両国で20年にわたり、採用・マネジメント分野でキャリアを積まれたセシリアさん(仮名)です。
1. 人事のスペシャリストにインタビュー:採用市場の特徴と、リスキリング
北欧は日本から見て、労働者の育児に関する支援が手厚いイメージがあります。
年功序列制度の影響により、勤続年数が重視されやすい日本型雇用の中では、育児などの理由で労働者が休職期間を設けることはリスクとなりがちなのですが。
セシリアはい、スウェーデンやノルウェーでは実際にさまざまなサービスがありますよ。
育児休暇に関して言えば妊娠している場合は、妊娠給付金がありますし、妊娠中に病気にかかった場合の育児手当や、妊娠中の親のためのサービスやツールがあります。 子供が生まれると、”親の権利”が発生します。
有給の育児休暇は子ども1人につき約16か月分取得できますし、保護者間で共有できます。さらに北欧に住んで子供を持つ親に、子供が約16歳になるまで自動的に支払われる経済的支援があります。仕事を休んだり、失業保険の受給を控えたりする必要がある場合に、子供の病気療養補償を受けることができます。子供に障害がある場合でも、さまざまな種類の育児手当、勤労手当、および自動車手当があります。
北欧的観点から言えば、私たちは労使間がより平等であることを重要視していますが、北欧ではこのシステムとその周りの経済を構築するのに何十年もかかりました。 会社の責任とは、国家の責任とは何か? その資金調達方法は? 北欧では、税金がこの社会保険制度の経済的基盤となっていますし、それらは労働者の賃金に基づいています。
ーー 全体像がおぼろげながら掴めてきた気がします。おっしゃる通り、今のところ制度面の違いで日本では実現できない部分も多そうです。
しかし、もし日本で北欧のような労働市場の形が本格化した場合、多くの日本人は緊張感を持つのではないかと思います。というのも、終身雇用を前提とする日本企業の中ではその企業の中のジェネラリストとなることが求められます。数年単位で部署間異動をすることが多く、専門的にキャリアを継続していくことが難しいからです。
ーー 北欧では、仮に企業の倒産やリストラなど本人の意図しない形で退職することになった場合、さほど長い経験がない場合でも職能に応じた募集を見つけることは可能なのでしょうか?
セシリア可能だと思いますよ。ポジションを変えることは大きな問題ではないのです。ただし、以前の雇用主からの適切なリファラルを取得することが重要です。 北欧企業では採用プロセスの一環として、新しい雇用主は以前の雇用主からの推薦状を確認することがよくあります。
ーー 転職の場合でも推薦状が必要とは驚きです。ヨーロッパにおいて、リファラル採用は盛んなのでしょうか?
セシリアええ、そうですね。先のようなケースに限らずとも、北欧の会社にとって、従業員が自分の会社を良い職場として推薦してくれるのはとてもポジティブなこととされていますから。
あなたの会社が特別な資格や経験を持った人を探していて、あなたが知っている人を推薦し、採用された場合は紹介者側もボーナスを得ることができます。仮にあなたが推薦した人がそのポジションに合わないとしても、それは決してあなたのせいではありません。 雇用の責任を負うのは常に会社です。
ーー それは日本企業とは大きな違いですね。リファラル採用も存在しますが、複数回の選考試験を経て入社することが一般的な日本では、縁故採用など自らのコネクションを利用して採用されたとなると、しばしばネガティブなイメージを持つ人も多いと聞きます。
セシリアそれは興味深い文化の違いですね。
ーー 労働者の募集枠は景気によって大きく左右されますか?
セシリアもちろんです。 好景気と低金利の時代には、企業はより多くの従業員を雇います。 しかし、景気後退期には企業は採用を打ち切らなければならない可能性があります。
ーー そこは日本と同様ですね。
日本では、正規雇用と非正規雇用の違いもよく話題になります。
非正規社員として雇用される理由はさまざまですが、学校卒業年度の景気後退が引き金になっていることも多く、非正規社員として雇用された場合、終身雇用を前提とする日本の労働市場において、労働者はより高い経済的リスクを引き受けなければならないことも多いです。これらは契約上の取り決めであるため、仮にベテランの職員であっても非正規雇用が続けられており、生活が苦しいままでいる人たちが多いことも社会問題になっています。
労働者のスキル重視の欧州であれば、こういった職員は積極的な待遇改善の対象となりえますか?
セシリアそのようなケースが北欧に存在しないので想定しにくいですね。正社員は最も一般的な雇用です。 その他の雇用は、一時的、季節的、およびプロジェクト雇用となります。
ーー なるほど。全体をふまえると、北欧ではもし最初の段階で非正規職員として採用された場合でも、推薦状を持って転職先を探せば大きな問題にはなりにくいかもしれませんね。
ーー 採用活動の話もお聞きしたいです。私はこちらに来てから、日本と違いソーシャルメディアを用いて就職活動をしている人が多く、たいへん驚きました。採用活動にSNSは頻繁に活用されていますか?
セシリアそうですね。Facebook、Twitter、Instagram、LinkedIn も共通のチャネルです。
SNSで就職活動をする最も一般的な方法は、ウェブサイトを読んだり、求人を掲載している興味深い企業をフォローしたりして、もし彼らがポジションを空けているようであれば、履歴書を送って企業への関心を表明します。
ーー ソーシャルメディアを多く活用するとなると、自社の知名度との兼ね合いも気になります。自社にネームバリューがないなどで人を採用しづらいことなどはあるのでしょうか?
セシリアはい、人気のある企業はもちろん有利ですし沢山ありますが、もう一つの要因は賃金です。
採用したければ、多くの場合より高い賃金を提示することになるでしょう。しかし、公企業などでは長期的に見て退職金が高くなるため、それを魅力と感じて入社するなど、イレギュラーなこともありますね。
ーー 求職者本人の価値観によるところも大きそうですね。また、体感としてヘッドハンティングも盛んなイメージがあるのですが、実際にそうですか?
セシリア上級管理職の場合は、プロフィールを説明してヘッドハンティング会社に依頼するのが一般的です。一般の募集と異なる点は、よく面接と性格テストの両方が行われることですね。
ーー 興味深いです。ソーシャルメディアの活用やヘッドハンティングは採用コストを下げているのでしょうか?
セシリア企業として、採用プロセスの一部もしくは全体について、ソーシャルメディアや人材紹介会社からサービスを購入できます。自社のスタッフを使用するか、外部サービスを利用するかを選択するのは、企業次第です。 自社スタッフを利用するにしてもコストがかかりますしね。
ーー なるほど、そう考えるとリファラル採用が最も合理的な手段と言えるかもしれないですね。
しかし、北欧と言えば移民が多く流入してきているイメージもあります。移民などリファラルが充分でないバックグラウンドの人を採用する場合、どのような点に留意しますか?
セシリアもちろん医師など公的資格を伴う職業などでの地位については、成績の文書が必要であり、最終的な実務経験を証明する必要があります。
一般的な民間企業ではそれより自由度が高くはありますが、経験を確認できる文書と参考書類を持参することが採用に重要な場合も多いですね。
ーー 国をまたぐとは言え、やはりここでもリファラルが重要になってくるということなのですね。移民の多くがその教育的バックグラウンドに関わらず、清掃やファストフード店などからキャリアをスタートしている理由がよくわかりました。
移民に限らず、個人がキャリアチェンジをしたいという場合はどのような手段をとることが一般的でしょうか?
セシリア本気でキャリアチェンジをしようとするなら、そう簡単にはいきません。
しかし最も簡単なステップとしては、新しいキャリアが現在働いている会社にとって役立つかどうかを調べ、サポートを求めることです。しかしキャリアを変更してしまうとおそらくしばらくの間収入が減る可能性があり、それに対して追加の努力を払う準備ができている必要がありますね。
高等教育の学位を求める場合だと、ほとんどの大学は夜間コースを提供していますが、これらのコースに入れる対象は限られていますし、有給の教育もいくつかありますが、かなり特殊な職種です。
ーー 労働を続けながら大学や専門学校への通うことは一般的でしょうか?
セシリア役職や以前の教育にもよりますが、全体像としてはどんどん一般的になっています。
労働市場やビジネス環境は変化しており、スキルを常に向上させる必要があるからです。そういった背景もあり、生涯学習は労働者にとってますます魅力的なものとしてとらえられているのも事実です。
企業はあなたに投資し、スキルアップの勉強や試験など機会を支援する場合もあります。その中で、専門学校や大学のコースに登録してもらえることはあると思いますよ。公企業の場合だとさらに、雇用主は一定の自由学習機会を提供しなければなりませんし、試験のための読書期間も自由にとることができます。
ーー なるほど、こちらに来てから30歳前後の大学生※が多くいることにも個人的に驚いたのですが、若年層を除けば各自が教育機関に通いなおすというよりは、企業主体で労働者のスキルアップをサポートしていく方が主流ということなのですね。
昨今の日本でも、リスキリング支援は国家レベルで大きな議題として取り上げられることが多くなってきました。実際のところ、国家もしくは組織は労働者のリスキリングを充分に支援していると思いますか?
セシリアスウェーデンに関して言えば2022年から、リスキリングのための新しい学生ローンが誕生しました。これらはすでに労働市場に参入している成人を対象としていて、選択した分野での専門知識をさらに深めたり、あるいは新しい分野への学びを広げたり、雇用への可能性を向上させることができます。リスキリングのための学生ローンは、給与の最大80%までの助成金と、必要に応じて収入を増やすために使用できるローンで構成されています。パートタイムで勉強することを選択した場合、44週間以上利用できるそうです。
ーー それは手厚い支援ですね。スキルアップしたい労働者にとっては朗報だと思います。
しかし、リスキリング支援は、従業員の離職意欲を高めてしまうのではないかという批判もあるようです。北欧では、リスキリングを行った人を社内で評価する制度などはありますか?
セシリア北欧では常にスキルを磨き続けることが重要とされていて、労使双方に責任があります。
雇用主はこれらの機会を手配しますし、従業員はそれに参加します。法的に義務付けられているわけではありませんが、北欧の多くの企業では年に1度、マネージャーと従業員の間で従業員のミーティングが行われています。ミーティングでは、会社としてのニーズと必要なスキルの両方について話すのが一般的です。 これは内部システムの一環となっています。
ーー 変化の多いビジネス環境においては、それは重要な視点かもしれないですね。
ここのところSpotifyやKlarnaなど世界的に勢いよく業績を伸ばしている企業やグリーンビジネス関連企業がスウェーデンから続々と誕生していますが、その背景にはこういった姿勢が関係しているのかもしれません。本日は貴重なお話をありがとうございました。
セシリア私にとってもお話できて楽しい機会となりました。ありがとうございました。
4. まとめ
いかがでしたか?
公的制度の違いなどで導入の難しい点もあれば、リファラル採用やリスキリングについての考え方など、改めて考えさせられる点も多いインタビューとなりました。
デジタルトランスフォーメーションの進むこれからの時代は予想のつかない部分も多いですが、前向きにとらえて発展に繋げていきたいところですね。
照明士の資格を持つヨーロッパ圏在住の海外特派員。
現地語にあたふたしながらもヨーロッパのイベント情報や市場調査に勤しんでいる。
Sanko IBでは、日本と海外との違いやトレンドなどをご紹介するブログを今後、不定期に配信予定です。海外にいるからこそ見えてくる日本の事情など、Sanko IB海外特派員がキャッチする新鮮な情報にぜひご期待ください。