《 海外レポート 》デジタル依存症の救世主?
今注目のカームテクノロジーとは

 2023年9月5日

topイメージ

近年、オンラインゲームやスマートフォンをはじめとしたネット依存が話題になっています。しかし、ネット依存に陥るのは大人だけではありません。GIGAスクール構想によって、公立の小中学生に1人1台の情報端末が配布されるなど、低年齢層もネットを頻繁に使うようになった昨今ですが、ネット依存は低年齢ほど抜け出しにくいという恐ろしい研究も出てきています。

こういった深刻なデジタル刺激の影響から身体と心を守るアイデアとして、昨今は『カームテクノロジー』という単語が聞かれるようになりました。「テクノロジーが人間の注意関心を引く度合いは最小限でなくてはならない」を標榜するこのカームテクノロジーをいうアイデアに、今アップルやサムスンといった世界の名だたる企業が注目しているのをご存知でしょうか?

今回は、カームテクノロジーの実例と現代社会におけるその必要性を探っていきます。

1. ネット依存症が話題になる昨今

近年、スマートフォンやAI関連など、デジタル技術の発展には目覚ましいものがあります。しかし一方で、デジタル機器に触れる時間が一日の大半を占めているという人も少なくないのではないでしょうか。そのような中で、しばしば話題にあがるのがネット依存症です。現在、医学的なネット依存についての定義はまだ定まってはいません。しかし、ネット依存に陥ると、一般的に睡眠障害や集中力の低下、体力の低下につながると言われています。また、ネット依存に陥るのは大人だけではなく、今や子供達も常にネットの情報に晒されています。デジタルネイティブとも呼ばれ、低年齢層も頻繁にネットを使うようになった昨今ですが、ネット依存は低年齢ほど抜け出しにくいという恐ろしい研究も出てきています。

デジタル依存症イメージ

生活に欠かせない存在となったインターネットではありますが、2022年に行われた内閣府の「⻘少年のインターネット利⽤環境実態調査」によると、子どもがスマホなどのデジタル機器からインターネットを利用する割合は、年々増加しています。令和3年度には10~17歳の子どものインターネット利用率はどの学校区分でも90%以上を超え、小学生(10歳以上)は96.0%、中学生は98.2%、高校生は99.2%とほとんどの子どもが利用中と回答しています。さらに、2018年に厚生労働省研究班により発表された結果によれば、ネット依存が疑われる中高生は、なんと全国の中高生の12~16%にあたる93万人にも上るとの調査結果も出ています。増加のスピードに関しても著しく早く、スマートフォンの普及やSNSでのコミュニケーションの増加を背景に、前回調査時の2012年度の数値、51万人から倍近く増えていることが判明しました。

出典:令和4年度 青少年のインターネット利用環境実態調査
https://www8.cao.go.jp/youth/kankyou/internet_torikumi/tyousa/r04/net-jittai/pdf-index.html

出典:厚生労働科学研究成果データベース
https://mhlw-grants.niph.go.jp/

さらに、オンラインゲームに関して言えば、低年齢ほど依存症の治療は困難であることを示唆するこのような記事も出ています。

《 参考 》
低年齢ほど治療困難「ネット依存」知られざる実態
主な依存対象は「対戦型オンラインゲーム」 | 東洋経済ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/462372

今後もネット社会は発展していくことが予想されますが、便利さなどポジティブな側面だけでなく、依存症などのネガティブな側面に関しても充分に配慮する必要がありそうです。こういった課題に対して、私たちはどのような取り組みが可能でしょうか?どんな行動ができるのか。その答えの一つが『カームテクノロジー』なのかもしれません。

2.カームテクノロジーとは?

カームテクノロジーとは何でしょうか?
カームテクノロジーという言葉が生まれたのは、実はそう最近のことではありません。1995年にマーク・ワイザーとジョン・シーリー・ブラウンによって書かれた記事「デザイニング カーム テクノロジー」が起源です。彼らは、「電気のスイッチのように生活に溶け込み、人が無意識的に活用できるテクノロジー」、あるいはそれらが存在する環境を「カームテクノロジー」として提唱しました。
1995年に生まれたアイデアに、再び少しずつ注目が集まり始めたのは、彼が提唱したユビキタス・コンピューティングがまさに今、現実のものとなっていることと無関係ではないでしょう。ユビキタス・コンピューティングとは、コンピューターがいたる所に偏在していて、いつでもどこでも使える状態をあらわす概念です。まさに、スマートフォンやスマートホームなどが身近にある我々世代の生活を想起させる言葉ですよね。
また、現在カームテクノロジーについて研究・検証を行うサイボーグ人類学者のアンバー・ケースは、カームテクノロジーの原則について以下のようなチェックリストを作成しました。彼女が定義したところによると、カームテクノロジーは以下の8項目によって特徴づけられます。

  • テクノロジーが人間の注意を引く度合いは最小限でなくてはならない
  • テクノロジーは情報を伝達することで、安心感、安堵感、落ち着きを生まなければならない
  • テクノロジーは周辺部を活用するものでなければならない
  • テクノロジーは、技術と人間らしさの一番いいところを増幅するものでなければならない
  • テクノロジーはユーザーとコミュニケーションが取れなければならないが、おしゃべりである必要はない
  • テクノロジーはアクシデントが起こった際にも機能を失ってはならない
  • テクノロジーの最適な容量は、問題を解決するのに必要な最小限の量である
  • テクノロジーは社会規範を尊重したものでなければならない

アンバー・ケース著、mui Lab監修
『カーム・テクノロジー 生活に溶け込む情報技術のデザイン』(BNN 2020年)より

これらのチェックリストを見ると、カームテクノロジーというアイデアが身近なものに感じられたのではないでしょうか?

3.ウェルネス市場との共通点もあり?日常の中にあるカームテクノロジー

みなさんの日常生活の中で、カームテクノロジーと思われるものはあるでしょうか。例えば、アンバー・ケースは著書の中でカームテクノロジーの精神を体現した製品として、家庭用掃除機のルンバを例に出しています。

お掃除ロボット

Roomba doesn't have a spoken language, just simple tones. This tone-based language makes it easy for anyone to understand what Roomba is saying, and elimates the need to translate the tone into many different languages.

Roomba chirps happily when a task is finished. When Roomba gets stuck or needs cleaning, the device emits a somber tone. Orange and green status lights are secondary display that help communicate status in an unambiguous way.

ルンバは話し言葉を持たず、単純な音だけを持っています。この音調ベースの言語により、ルンバの言っていることが誰でも簡単に理解できるようになり、音調をさまざまな言語に翻訳する必要がなくなります。

ルンバは仕事が終わると嬉しそうに鳴きます。ルンバが動かなくなったり、掃除が必要になったりすると、デバイスは暗い音を発します。オレンジと緑色のステータス ライトは、ステータスを明確に伝えるのに役立つ補助的な表示です。


引用:Calmtech.com
https://calmtech.com/index.html / 翻訳:Sanko IB

現代に生きる私たちは、何かと携帯電話やパソコンに頼りがちな日々を送っています。もちろん便利で手放せないものではありますが、SNSの通知機能など情報過多な状態にさらされ続けることで、無意識に負担がかかっている側面もあるかもしれません。
日本発の企業であるmui Labは、カームテクノロジーの世界にいち早く注目し、世界から注目される企業の一つです。天然木でつくられたこちらの美しいデバイスはAlexaと連動しており、時間や天気情報の確認、アラーム機能などをハンズフリーで操作できます。

出典:Calm UI mui board Works With Alexa / mui Lab

敢えて必要最低限の情報を表示するデバイスを日常の中に取り入れてしまうことで、人間にとってより快適な環境が実現できる可能性を感じさせる例です。

iphoneイメージ

さらに、最新のスマートフォンの機能も、カームテクノロジーと無関係ではありません。
2023年秋に新しくアップルからリリースされるiOS17には、新しく「スタンバイ機能」が搭載されます。iPhoneに充電を始めてから、画面を横向きにした状態を保つとスタンバイモードが起動します。常時表示ディスプレイに対応するiPhoneシリーズのロック画面を、ロックを解くことなく、時計、スケジュールその他日々必要な情報表示設定にカスタマイズすることができ、スマートディスプレイのように活用できるようです。ロック画面を一度開いてしまうと、つい余計な情報までチェックしてしまいがちですが、事前にこういった機能があるとスマートフォンの使い過ぎを未然に防ぐこともできるかもしれませんね。

また、カームテクノロジーはデバイスの領域に留まりません。心身の健康を表す「ウェルネス」という言葉も話題の昨今ですが、カームテクノロジーの中にはもちろん人間の健康と密接に関わる分野があります。
例えば、スマートフォンのスクリーンタイムを制限するアプリや、睡眠監視アプリが個々人にとって最適なタイミング、最適な音量で起こしてくれる、などもカームテクノロジーに含まれるでしょう。ウェルネスマーケットとのリンクや、アプリケーションとデバイスの相互作用が今後どのような発展を見せてくれるのか、楽しみなところです。
実際に、サムスンは2023年1月にアメリカ・ラスベガスで開催されたコンシューマー・エレクトロニクス・ショーで、今後の方針として「カームテクノロジー」を標榜しました。その意図として、サムスンは今後、自社のデバイスが3つのソフトウェアプラットフォーム(IoT、Samsung Knox(Galaxy携帯のモバイルセキュリティシステム)、AIベースの音声認識)とどのようにスムーズに統合されているかを積極的に示していきたいと語っています。

このように、カームテクノロジーの範囲は多岐にわたり、今後の成長についても未知数な部分があります。しかし、多くの人がテクノロジーとの適切な距離感を考え始めたとき、電子機器に過度な注意をはらうことなく快適に過ごせる未来は、そう遠くない未来で実現するのかもしれません。

4. まとめ

いかがでしたか?カームテクノロジーのトレンドをまとめると、以上3点がポイントです。

  1. 人が過度に注目することなく無意識的に活用できるテクノロジー、あるいはそれらが存在する環境を、カームテクノロジーと呼ぶ
  2. カームテクノロジーはウェルネス市場との関わりも深い
  3. カームテクノロジーはデバイス、アプリケーション、あるいはその両方の分野を跨ぎながら今後発展していく兆しがある

今後はリゾート施設や、ビル設備の分野でも話題に上がるかもしれませんね。これからの動向にも注目していきたいと思います。

 

《 筆者紹介 》海外特派員Y.M

照明士の資格を持つヨーロッパ圏在住の海外特派員。
現地語にあたふたしながらもヨーロッパのイベント情報や市場調査に勤しんでいる。

 

関連情報

 

お役立ち情報一覧 

 

PAGE TOP