《 海外レポート 》農業の救世主?農業先進国オランダの最先端AgTech(アグテック)

 2024年5月9日

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少子高齢化が進む日本において課題の一つとして挙げられるのが農業です。日本における農業従事者の数は、約30年の間に半減しており、毎年10~50万人のペースで減り続けています。それとは逆に農業が非常に盛んな国がオランダです。オランダは「農業先進国」と言われるほど農業が盛んに行われているのですが、その背景には何があるのでしょうか。
今回は、農業先進国オランダの実例を照らし合わせながら、日本の農業の今後の可能性を探っていきます。

1. 日本の農業事情

農林水産者の発表によると、2020年時点の基幹的農業従事者は136万3千人と、15年前の2005年と比べると39%減少しています。さらには現在、農業の担い手の80%が60歳以上※とされています。あと数年以内にも農業の担い手不足にさらなる拍車がかかることが予想されるのです。

※ 農林水産省「農林業センサス」、「2010年世界農林業センサス」(組替集計)図表 特-2「年齢階層別基幹的農業従事者数」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r3/r3_h/trend/part1/chap1/c1_1_01.html

基幹的農業従事者数
基幹的農業従事者数のグラフ

出典:農林水産省「農林業センサス」、「2010年世界農林業センサス」(組替集計)よりSanko IBが作成
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r3/r3_h/trend/part1/chap1/c1_1_01.html

農業従事者の減少に伴い、現在日本の食料自給率は緩やかな下降傾向にあります。加えて、2019年~2022年は、新型コロナの影響により各国の農業輸出が縮小したことで、食料自給率の向上は日本全体にとってさらなる急務となりました。

このように高齢化と人手不足の進む日本の農業においては、生産性を高める工夫と省力化が不可欠です。さまざまな分野で機械化による省力化が進む昨今ですが、農業とICTテクノロジーを組み合わせた最先端技術であるAgTech(アグテック)の導入はどこまで可能なのでしょうか?

2. 意外に安い?価格影響の少ないヨーロッパの野菜事情

IMF(国際通貨基金)の調査によれば、日本の消費者物価指数の前年に対する上昇率を表す数値は、2022年は2.5%、2023年は3.21%(IMFによる2023年10月時点の推計)でした。日本だけではなく、世界でもこのようなインフレーションによる影響は各国で大きな関心事となりました。電気料金や食品価格の高騰も衝撃的なニュースだったのではないでしょうか?
EU圏においても物資の価格高騰は大きな問題となりましたが、一方で、農産物に関して言えば日本より大幅に安価なものも多く出回っていました。こういった食料価格の背景には、EUの政策は勿論のこと、大規模な「集約農業※」や「スマート化」も重要な役割を担っています。

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関税や非関税障壁に阻まれることなくヨーロッパ諸国に農産物を輸出することが可能なEU諸国の中でも、オランダは特に積極的に集約農業・スマート化を行う国の一つです。驚くべきことに、オランダの国土面積は九州と同等程度、さらに日本の4割ほどの農地面積でありながら、国連統計によると農産物・食料品輸出に関して言えば2021年の輸出額は1,224億USドルと世界でアメリカに次ぐ世界第2位を誇る農業大国です。では、なぜオランダの農業が高い生産性と競争力を持ち続けているのでしょうか。

※集約農業:一定の耕地面積からより多くの作物を生産するため、多くの資本と労働力を投下する農業経営の方法。これにより狭い耕地からでも高い収益をあげることができる。

3.農業先進国として知られるオランダ、その理由は?

高い生産性を誇るオランダの農業には、いくつかの背景があります。

1.大規模な集約農業による生産品目の絞り込み


オランダのチューリップ畑とトマトの栽培風景

強い農業生産性を誇るオランダですが、実は穀物等の広大な土地が必要となる作物に関しては、近隣諸国からの輸入に頼っています。その一方で、広大な土地が必要ではない、花き(観賞用の植物)、畜産品、酪農製品、トマトやパプリカなど温室・水耕栽培・垂直農業※等が可能な野菜を中心とした集約農業によって生産品目を絞り込むことで、高い収益性を保っているのです。
オランダといえば、まさに花、色とりどりのチューリップのイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。

※垂直農業:ラックなど土地を垂直に使うことで、作付面積を上へ伸ばす農業

2.積極的な産学連携による生産性の向上

オランダでは旧・農業省が経済省に統合されたという経緯もあり、農業はあくまで産業の1分野として取り扱われています。また、日本と対照的に、農業に関しては補助金より技術開発を重視した予算配分となっているのが特徴で、地域の国立大学との連携も積極的に行われています。基礎研究からマーケティングにいたるまで一貫して地域の協力を得られることも、同国の農業分野の発展に寄与しています。

3.設備投資の減税制度により機械化が急速に進展

北ヨーロッパに位置するオランダは税負担が大きい国でも知られ、減税制度や補助金が大きな影響力を持っています。先に述べたように農業においては設備投資やイノベーションによる補助金・減税が適用されるため、ロボット化・IoT化もいち早く進んでいる現状があります。

4.人材の確保が容易

先に述べたように、日本においては農業の人手不足が課題となっていますが、一方、オランダでは、農業専門の人材派遣企業が利用されることが一般的で、収穫など人手が必要な場面で柔軟な人材の確保が可能になっています。

5.かつては豊富な天然ガスでコスト削減

オランダは天然ガスの採取地でもあり、農業経営においても自家発電が盛んに行われるなど、安価なコストで得られるエネルギーに多くの恩恵を受けることができました。
しかし近年では、脱炭素化の推進により、従来使用されていた油田が閉鎖予定となったり、新たな油田の探査が禁止されたりされるなど、天然ガスに関する風向きは変わりつつあるのが現状です。

4.オランダのAgTech事例

それでは、実際にオランダで使用、もしくは研究されているAgTechについて見てみましょう。

進化する温室用収穫ロボット


パプリカ

農業の完全な無人化は可能なのでしょうか?
収穫用ロボットは日本においても現在積極的な研究が進む分野です。しかし、収穫の自動化は、オランダでは1990年代から研究が進められてきた分野でもあり、比較的発展が進んでいます。ワーゲニンゲン大学&リサーチセンターでは、2015年からWEEPERと呼ばれるピーマン収穫ロボットプロジェクトが始動し、収穫用のハンド、ロボット制御、AIによる果実認識と熟度判定、ロボット収穫に適した栽培技術、大規模施設での実証、施設内での移動プラットフォーム開発などが参画機関の共同により行われました。
2018年のプロジェクト終了時にはパプリカでの収穫時間の短縮等において、前機種より成功率を向上させることに成功しましたが、依然として商用利用には課題が残されています。また、AIが認識しやすい視認性の高い果実など、品種側の改良も期待されており、さらなる改良に向けた研究が、現在も進められています。

《 参考 》
SWEEPER, the sweet pepper harvesting robot

https://youtu.be/VbW1ZW8NC2E

ハイテク土壌センサーで水使用量を大幅削減


ジャガイモ

センサーメーカーであるSensoterra社には、精密な土壌センサーを用いたジャガイモ栽培の実例が存在します。センサーを導入したVan den Borneの農場は、無人トラクター、ドローンやセンサーを駆使することで、含水量や収穫量、土壌成分などのデータを随時取得し、栽培に最も適した灌水管理や土壌を保つことで顕著な収穫量の増加を達成しています。例えば、1エーカー(およそ1,200坪)あたりのジャガイモの世界平均収穫量は約 9tとされていますが、センサーを導入したVan den Borneの生産量は何と20t以上です。また、それだけではなく、2000 年以来、農場では水の再循環システムを組み合わせて活用することで水の使用を 90%も削減することに成功し、さらには温室での殺虫剤の使用を廃止することにも成功しました。 ちなみに、土壌に関するデータを取得しジャガイモの最適な栽培環境を探る試みは日本でも近年カルビーの子会社を中心に行われており、最大で1.6倍の収穫量増大が見られたそうです。気候は違えども、日本でも積極的な導入が進んでいく技術の一つかもしれません。

《 参考 》
Sensoterra

https://www.sensoterra.com/

トマト栽培には調光可能なLEDライトの導入


トマト栽培

トマトは実は水耕栽培によって大きくポテンシャルを引き出すことができる植物の一つです。実際に、世界一大きなトマトの木として2013年に世界記録に認定された北海道恵庭市のえこりん村にあるトマトの木は、一般的に1株から20~30個のところ、何と1株から13,000個以上ものトマトを実らせます。

トマトの水耕栽培自体は、日本でも導入が進んでいますが、オランダ企業によるトマト栽培において、水耕栽培や先に述べたようなセンサー技術と合わせて欠かせない技術となっているのが、LEDライトの照射によるインターライティング(樹間補光)です。
特に、冬季になると日照時間が顕著に減少する北ヨーロッパ諸国にとって、一年を通して絶えず同じ作物の栽培を続けるには、上部からの光だけでなくインターライティングを行うことが生産性向上に不可欠です。季節によって調光可能なライトを導入し、さまざまな方向から同時に照射することで、より効率的に光合成を行わせることが可能になります。さらに、LEDライトが点灯する際に発生する熱も、植物の成長に役立てることができ、光熱費の削減も期待できるのです。イチゴやキュウリなど他の植物にもLEDライトの導入は有効で、近年においても積極的な研究、設備投資が行われる分野の一つです。

《 参考 》
CEA inSight

https://ceainsight.com/

ENIWA-EYE
https://eniwa-eye.com/

積極的な産学連携によるAIの活用


イチゴ菜園

AIは、膨大に存在するデータ同士の因果関係を見出すのに役立ちます。例えば、イチゴのように傷つきやすく賞味期限が短い作物は、廃棄処分になるリスクが高く、コストが高くなりがちです。しかし、その時々で最善の状態のものを消費者へ適切に届けることができれば、大きなコストの削減になるはずです。
デルフト工科大学で行われたプロジェクトは、アルゴリズムを使用して果物を収穫する適切な時期を計算し、予想される保存期間に最も適した流通チャネルを決定するものでした。このプロジェクトは、産学連携プロジェクトの一環として行われ、デルフト工科大学に蓄積された科学的知識と、栽培と応用に関する企業の実践的な知識を組み合わせたものでした。もし実装が可能になれば、収穫と流通に関してより適切な決定を下すことが可能になります。プロジェクトは実際の運用段階にはまだ至っていないそうですが、今後の発展が楽しみな研究です。

《 参考 》
デルフト工科大学ホームページ

https://www.tudelft.nl/en/agtech-institute/themes/artificial-intelligence

5.環境へのデメリットをいかに克服するか

集約農業のメリットについて話してきましたが、一方で、農業の過度な集約・効率化は新たなデメリットを生む場合もあります。例えば、生物多様性が失われることです。仮に、あるエリアで単一作物のみに集中して生産を行っているとします。すると、自然とその土地には単一の作物を求める特定の虫だけが集まってきてしまいます。その結果、元々そこにあった適切な生態系が壊され、将来的には農作業を続けていくのに不利な条件の土地に変化してしまうかもしれません。

そういった問題への対策として、ヴァーヘニンゲン大学では現在、帯状栽培(Strip Cropping)というアイデアを実証しようとしています。帯状栽培とは、畑を細長い帯状に分割し、一定のサイクルで異なる種類の作物を交互に栽培する輪作という農法です。異なる品種を同時に作付けし、多くの生物にとって魅力的な生息地を作ることで、将来的な環境への負荷を軽減することができるかもしれません。

輪作イメージ

※ イメージです。正しい栽培方法等については専門家・専門のサイトをご確認ください。

6. まとめ

いかがでしたか?
まとめると、

  • オランダの農業は集約化、垂直化、機械化を積極的に進めてきたことで、さらなる高い生産性を獲得している。
  • オランダの農業分野は研究開発に割かれる予算が多く、研究も積極的に進められている。
  • オランダの農業先端技術は、日本国内でも部分的に導入が可能なことが実証されている

となります。今後の発展がますます楽しみな分野ですね。

Sanko IBでは、「海外レポート」と題して、海外の市場動向やトレンド、テクノロジーなどの情報を随時配信しております。海外レポートの他にもさまざまな分野の記事を「お役立ち情報」にまとめておりますので、気になる方はぜひ、ご覧下さい。

 

《 筆者紹介 》海外特派員Y.M

照明士の資格を持つヨーロッパ圏在住の海外特派員。
現地語にあたふたしながらもヨーロッパのイベント情報や市場調査に勤しんでいる。

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